足利尊氏像の新発見
だいぶ前から尊氏像とされていた絵は違うと言われていました。
だから今回見つかった絵の像が尊氏ということも大発見というほどには驚きませんでした。
今まで広く伝われてきた騎馬武者像は、尊氏の家来の高師直というのが定説です。
家来といってもかなりの実力者で徳川時代の家来のイメージとはかなり違います。
下剋上、バサラ時代の、ひとつ局面が違ってくると主人にとって代わってやろうかという時代の家来です。
騎馬武者絵の雰囲気からも不敵な印象、尊氏の持つおおらかな印象はありません。
一般ニュースはこうしたことは伝えてはいません。
表面的なことをサラッと撫でて、済ますという感じです。
だから、真相はニュースでは全く分からない。
そういうことを今回のニュースでも感じました。
(アーカイブス)
2013/12/07(土)
自転車でどこでもいった頃
足を骨折してから、行動範囲が狭まりました。
それまでは、自転車で近隣をそれこそ縦横無尽に行った感がありました。
しかし、一度中野まで行ったときは後悔しました。
とにかく遠かった気がします。
荻窪、阿佐ヶ谷間の坂、その先もアップダウンが多く、帰りも苦労しました。
青梅街道を走ったのですが、車道は危ないので可能な限り歩道を注意しながら走りました。
さすがに中野は限界を超えていました。
だいじ経営年金事務所http://daizizimusyo.jp
だから今回見つかった絵の像が尊氏ということも大発見というほどには驚きませんでした。
今まで広く伝われてきた騎馬武者像は、尊氏の家来の高師直というのが定説です。
家来といってもかなりの実力者で徳川時代の家来のイメージとはかなり違います。
下剋上、バサラ時代の、ひとつ局面が違ってくると主人にとって代わってやろうかという時代の家来です。
騎馬武者絵の雰囲気からも不敵な印象、尊氏の持つおおらかな印象はありません。
一般ニュースはこうしたことは伝えてはいません。
表面的なことをサラッと撫でて、済ますという感じです。
だから、真相はニュースでは全く分からない。
そういうことを今回のニュースでも感じました。
(アーカイブス)
2013/12/07(土)
自転車でどこでもいった頃
足を骨折してから、行動範囲が狭まりました。
それまでは、自転車で近隣をそれこそ縦横無尽に行った感がありました。
しかし、一度中野まで行ったときは後悔しました。
とにかく遠かった気がします。
荻窪、阿佐ヶ谷間の坂、その先もアップダウンが多く、帰りも苦労しました。
青梅街道を走ったのですが、車道は危ないので可能な限り歩道を注意しながら走りました。
さすがに中野は限界を超えていました。
だいじ経営年金事務所http://daizizimusyo.jp