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活字文化に触れていた世代

 私が社会人になって、たまたま仕事に就いたのが出版、新聞業界でした。

 マスコミと言えるほど大きな媒体ではなかったのですが、却ってそれが私にはあっていたと感じます。

 それでもいわゆる専門紙ですから、新聞で、活字でした。

 毎週印刷所に行き、校正をしました。

 新聞印刷所でしたから、当然活字を目の前にしました。

 活字ですから、それを組み上げて、紙面を完成する必要がありました。

 だから、校正では、出来る限り、初めの方ではなく、最後の方を直す必要がありました。

 なぜなら、大した間違いでなくても、最初の方を直せば、そのために組んだものを崩さなければならなかったからです。

 また、見出しはなるべく直さないようにとも言われました。

 基本の小さい活字に比べ、見出しの大きい活字は作るのに時間がかかったからです。

 そして、組みあがった紙面はボール紙に押し付けて転写し、紙型を作りました。
 
 その紙型をもとに輪転機に掛ける合金を作りました。

 今は消滅した印刷過程ですが、貴重な体験でした。

(アーカイブス)
2020/04/05(日)
志村けんさんショック
 まさかからもしかしたらと危惧していたことが現実になってしまいました。

 地元に住んで早や23年、氏の実家はすぐそばだし、志村けんの木もいつも見ていました。

 おみやげには、大丈夫だ―饅頭を買って、人に差し上げると皆さんに大変喜ばれました。

 それくらい身近で、芸能人というよりは身近な親戚のオジサンという感覚でした。

 まだ70歳、最近は少し体力の衰えを言われていましたが、これからも活躍されるものと思っていました。

 ドリフの付き人から正式メンバーになったころの苦闘もテレビで見ていました。

 荒井注氏が加藤茶氏に次ぐ人気者だっただけに、かなりつらい時期がありました。

 それを乗り越え、人気者になったのも同時代に見てきました。

 大変残念です。

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