三島、妹の死
三島由紀夫が妹の死という痛恨事にあったのは、終戦の年でした。
前にブログで書いたのが、大分その前に遭ったと書いてしまいましたが、違ったようです。
三島の年は昭和の年と同じですから、20歳の時です。
だから、野坂昭如と同じ悲惨な目に遭ったのが同年ということになります。
正に同じように戦争の敗戦の年に、年下の肉親を失う経験をしたことになります。
さらに、三島は野坂よりも年上ですが、同じように戦後文化人の範疇に入り、政治的な立場にも入っていきます。
昭和という激動の時代、戦争から平和に一気に変わった時代を生きました。
三島も野坂も時代に対して、不審、抗議の目で対していたのは同じようです。
(アーカイブス)
2019/02/03(日)
毎月勤労統計の話
お役所は言われるほど不正、不真面目でしょうか。
テレビ、マスコミが袋叩きのように責め立てるほど、疑問が生じます。
仕事柄、厚労省の下部組織の人とかかわることがあります。
大変真面目、仕事に几帳面、不正、不真面目とは遠い。
時に杓子定規すぎる感じがあり、クレームをつけたこともあります。
しかし、その仕事の目的には、ある程度納得はした記憶もあります。
叩くだけのマスコミが真実を伝えているか、今後の方向付けを示唆しているか。
国民、市民は煽られないで冷静に見るべきでしょう。
だいじ経営年金事務所http://daizizimusyo.jp
前にブログで書いたのが、大分その前に遭ったと書いてしまいましたが、違ったようです。
三島の年は昭和の年と同じですから、20歳の時です。
だから、野坂昭如と同じ悲惨な目に遭ったのが同年ということになります。
正に同じように戦争の敗戦の年に、年下の肉親を失う経験をしたことになります。
さらに、三島は野坂よりも年上ですが、同じように戦後文化人の範疇に入り、政治的な立場にも入っていきます。
昭和という激動の時代、戦争から平和に一気に変わった時代を生きました。
三島も野坂も時代に対して、不審、抗議の目で対していたのは同じようです。
(アーカイブス)
2019/02/03(日)
毎月勤労統計の話
お役所は言われるほど不正、不真面目でしょうか。
テレビ、マスコミが袋叩きのように責め立てるほど、疑問が生じます。
仕事柄、厚労省の下部組織の人とかかわることがあります。
大変真面目、仕事に几帳面、不正、不真面目とは遠い。
時に杓子定規すぎる感じがあり、クレームをつけたこともあります。
しかし、その仕事の目的には、ある程度納得はした記憶もあります。
叩くだけのマスコミが真実を伝えているか、今後の方向付けを示唆しているか。
国民、市民は煽られないで冷静に見るべきでしょう。
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